2ntブログ
エリカはお玩具売り場に飾られているお人形。
ガラスの扉のついた、特別な棚に飾られているの。
だから普段ほとんど、人と目を合わせることはないわ。
朝から晩までここにいて、そしてじっと動かずにこうして
心の中で感じているだけ。

紫やピンクの小さなお花やリボンのたくさんついた、
ワインレッドのワンピースを着て座っている。

もういつからここに座っているのか
記憶にないほどずっと昔から、
こうして一言も口をきかずに座っているの。

この口がまだ動くのかわからないほど、
話ができたのはとっくの昔だわ。
人間だった頃の思い出は
もうほとんど残ってはいない。

そういえば、一年に何回もないけど、
時々デパートの店員が、
レイアウトを変えるだとか、掃除をするだとかで、
エリカに触ってくれる。

人のぬくもりに触れるのは、そんなときだけ。
だからここは、
とても乾燥していて、寒いの・・。



そして、果てしなく長い長い時間。



あなたはふっと、何故だかエレベーターを降りた。
そう。いつもはこんな場所に
子供を連れてもいないのに足をのばすことはない。
でも今日は
何かに誘われるように、エレベーターを降りた。

そして玩具売り場の奥のそのまた奥のこの場所に向かって、
まっすぐに歩いてきた。
初めて来たのに、
まるで前から良く知っているみたいに、
まっすぐに歩いてきた。


そして私の居る、ほとんど人が訪れないこの場所に
ゆっくりと入ってきた。
そして迷うことなく、私だけを目指してるかのごとく
しっかりと歩いてきて、
ガラスの扉の前ではじめて足をとめた。
そしてガラス越しに棚の中の私をみつめた。


そしてそれから、
おもむろに扉を開けて
手を伸ばし、
私の名を呼んだ。

そして
「私のお人形。」とつけ加えた。


私、あなたがエレベーターに乗る前から
そのずっと前から、そういえば、今日の朝から知っていたわ。
きっと私のいるここに、あなたがやってくる事を。

だって今日は朝から
私の身体の中に埋め込まれて、まだ朽ちてないハートが
何年も音をたててもいなかったのに
どくんどくんと、音をたてていたの。


私はあなたをよく見たかった。
でも、目が動かせないの。
だってもう何年も目を動かしてなんかいないんだもの。

エリカの目はお人形の目。
すこし暗い青色で、ビー玉のように
光っているだけ。
見てるのか見てないのか、
意思というものはとっくの昔に消えたわ。


あなたの手は温かかった。
とてもとてもとても・・。

私は言うの、勿論心の中で。
だって口だって固まっていて動かない。

私を私を
私を連れだして。
ここから連れ出して。
あなたのおうちのお人形になりたい。
あなたのおうちに行きたい。
ここから連れ出してここから・・


そんな心の叫びが聞こえたのか
あるいは、もうはじめから、決めていたのかわからないけれど、
あなたは私を
もう二度とその棚の上には戻さなかった。
そして両手で私を大事そうに抱きかかえてくれた。


私は幸せな気持ちで
ほっぺを少し赤く染めた。
人間みたいに。


「綺麗に包んで下さい。」
あなたがレジの人に言った。
「あ・・リボンもかけて。プレゼントなんだ。」

「え? プレゼント? 誰への? 
私、あなたのお人形になるんじゃないのですか?」

慌てている私に気がついたのでしょうか?
包まれる前の私をあなたが優しく見た。
「僕へのプレゼントだよ。」
心の声が聞こえた。


「エリカ、ずっと君を探していたんだ。」
「私もずっとあなたを待っていたわ。」







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